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神戸地方裁判所 昭和31年(行モ)2号 決定

申立人 山本忠治

被申立人 神戸市長

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

申立代理人は、「被申立人が申立人に対してなした昭和三十一年一月十八日付神建西整補第一五号建築物等移転(除却)通知書による神戸市兵庫区大開通一丁目十四番地(本件申立書に「十五番の二」とあるのは「十四番地」の誤記と認める)木造瓦葺二階建一棟一戸建坪一三一坪三合二勺に対する除却期間昭和三十一年四月三十日の移転(除却)処分は神戸地方裁判所昭和三一年(行)第一四号仮換地指定処分取消請求事件の判決が確定するに至るまでこれを停止する。」との決定を求める旨申立て、その理由の要旨とするところは、次の通りである。

(一)  被申立人は申立人に対し別紙目録記載の仮換地指定処分をなした。申立人は右処分を不服として昭和三十年十二月二十六日兵庫県知事に対して訴願を提起したところ、同知事は昭和三十一年三月五日付で右処分は正当である旨の裁決をし、同裁決書は同年同月七日申立人に送達されたので、更に、申立人は同年四月五日建設大臣に訴願を提起(該訴額は、同年六月二十日付で棄却された)すると共に、被申立人を相手方とし、出訴期間内である昭和三十一年四月十九日、神戸地方裁判所に、前記仮換地指定処分の取消訴訟を提起し、現に、同裁判所同年(行)第一四号仮換地指定処分取消請求事件として係属中である。

(二)  しかる処、被申立人は、前項指定処分に基き申立趣旨記載のような移転(除却)通知書によつて申立人の所有家屋の移転(除却)命令を執行しようとしているが、本件仮換地指定処分及び右命令にはいずれも次のような違法事由が存する。

(イ)  仮換地指定処分の違法について……本件家屋の敷地である従前土地は東側神戸市電通りをへだてゝ通称湊川新開地三角公園に、その北側は兵庫駅西方に通ずる本件都市計画の対象道路にそれぞれ直面する角地で、近くに神戸電鉄終着駅がある神戸市枢要の繁華街に位置を占め、申立人の経営する旅館営業に最適の場所であるのに反し、本件仮換地は、右従前の土地に比しその使用価値の著しく低い西方の個所(一六七坪五合三勺)と右従前土地の一部(五坪八合二勺)とを分割指定されたものである。このような内容の本件仮換地指定処分は、申立人にとつて著しく不利益な処分であるばかりではなく、右従前の土地の南方に隣接する申立外東映興業株式会社所有地約四九〇坪余(同社経営の映画館建物の敷地)は現地換地のため殆んど移転を免れているが、これはすべて申立人及びその周辺の人々の犠牲においてなされた不平等な配分によるもので、申立人と同様に私企業者である右会社のみの利益を極端に擁護するためになされた本件仮換地指定処分は公共的性格を有する都市計画事業の本旨に反する差別的な違法処分である。

のみならず右処分は、正当なる土地区画整理審議会の意見をきかずになした違法処分である。なお、被申立人は右処分につき同審議会の意見をきいたとの形式をとつているけれども、右審議会の決議は、その定足数を欠く無効のものである。

(ロ)  本件移転通知書による処分の効力について……右処分と同一内容の昭和三十一年三月七日付神建西整補第一二八号建築物等除却命令書が発せられ、同命令書によると本件処分は右命令書による行政処分の予備的通知に過ぎないところ、右命令書による行政処分は、その後被申立人において取消したから本件移転(除却)処分は失効したものである。仮りに、右両処分が別個の行政処分であるとしても、同一事項について重複処分の併存する場合に該るから、本件移転処分は右除却命令が発せられると同時に消滅したものである。

(三)  右のような事情下で、前記訴訟の判決確定前に本件仮換地指定処分に基く移転(除却)処分が執行された場合には、申立人は、旅館営業の地盤を失つて該経営に重大なる支障をきたし、申立人経営の新神戸旅館の対世間的信用と声価は前記従前土地より離脱することによつて失われ、その再現は不能になり、申立人の生活は不安定な状態におかれることは勿論、右都市計画の実施によつて従前の土地が道路用敷地化した場合は、たとえ申立人が右訴訟に勝訴しても、最早申立人が従前土地に復帰して該道路の交通制限をすることは極めて困難で、直ちにこれを利用することは殆んど不可能になる。なお、本件家屋は、幅員約十九米奥行約十六米であるが、その移転先の仮換地は幅員約十三米、奥行約十七米で到底そのまゝ右家屋を収容することはできない。ために、申立人は償うことのできない損害を蒙ることは明白であり、右処分の執行停止を求める緊急の必要があり、他方、本件都市計画道路の交通量と道路幅員に照して、被申立人が前記処分による道路工事を早急に実施しなければならない必要も考えられないので、本件申立に及んだ。

そこで、按ずるに、申立人の主張する申立理由(一)の事実のうち、申立人が主張のような訴訟を当裁判所に提起し、現に、当庁昭和三十一年(行)第一四号仮換地指定処分取消請求事件として係属中であることは、当裁判所に明らかなところであり、その余の事実は申立人提出の疎明資料によりこれを認めることができる。そこで、いま、右本訴請求権につき疎明があるかどうかの判断は暫く措くことにして、本件処分執行によつて蒙る申立人の損害につき考えてみるに、前記疎明資料によると、本件従前の土地は申立人主張のような繁華地帯の角地にあつて、該地上に本件家屋が建設され、同所で、申立人が「新神戸旅館」なる名称で旅館業を営んでいること及び、別紙目録記載(一)の仮換地は、右従前土地のほぼ西方近辺に位置し、同土地は、兵庫駅附近に通ずる道路(本件都市計画道路)のみに直面していることが認められるけれども、被申立人提出の資料によると、前記仮換地中南側の約半分及び同土地の東側隣接地上に申立人は別個の家屋を所有し、同所において従来より「福寿荘」なる名称で旅館業を営んでいることが認められ、右事実に、右仮換地周辺の地理的環境等諸般の事情を併考しても本件家屋を右仮換地上の右「福寿荘」の隣地に移動して、同所において申立人が旅館経営を継続してもその経営が不能となり又は著しく困難になるものとは解せられない。又本件家屋の仮換地への移動により申立人に損害の生ずることは免れないところであるが、被申立人提出の資料によれば、前記仮換地内の空地部分の坪数と本件家屋の建坪数及びその移動距離に照して、本件家屋の仮換地への移動は、一部僅少部分の形状変更をきたす外、本件家屋の効用を失わしめない限度で可能であることが認められるので、将来、申立人が前記本案訴訟において勝訴判決をうけ再び従前土地に復帰することがあつても、他に特段の事情の認められない限り、本件仮換地処分により申立人の蒙る右損害は特に著るしいものとは認められず且つすべて金銭的補償をもつて充足できるものと解せられる。したがつて本件処分により申立人に、行政事件訴訟特例法第十条第二項の「償うことのできない損害」を蒙らしめるものということはできない。

よつて、本件申立は、爾余の点につき判断を俟つまでもなく理由がないから、これを却下し、申立費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文の通り決定する。

(裁判官 村上喜夫 尾鼻輝次 大西一夫)

(別紙省略)

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